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| No.998 |
| 題名 滝観洞 (「五行歌の会」の同人誌3月号に掲載) |
| 書込日 08-03-05 |
| 滝観洞 平成6年5月の連休に帰省したとき、洞窟の中に大きな滝があるという話を聞き、“どうしても見たい”と出かけた。義兄からおおよその場所と行き方を教わったが、手持ちの地図に「滝観洞」(ろうかんどう)の記載はない。同行者は義母、義姉、妻の3人。 一関市から北上川沿いの地方道を北上。水沢市(現奥羽市)から種山高原を経て山あいの道を、岩手県を斜めに横断するように走る。土地勘がないので標識頼りの運転だ。道端に咲き乱れる山吹や八重桜の花の色が鮮やか。東北の、のどかな春を満喫しながらのドライブ。「滝観洞」の標識を見つけたときにはホッとした。 滝観洞の周りに観光地らしい感じはない。人影もない。真っ青な空、さらさらと流れる小川、染井吉野の桜吹雪。その下で義姉が作ってきた塩づけのしその葉でくるんだにぎり飯をほおばる。「うまい」。 入場券売り場で聞くと滝まで八百八十メートル。中は狭く、濡れていて大変だという。義母は“ひとりで待っているのはいやだから一緒に入る”という。「八十歳の人が入るのははじめてだ」、と驚かれる。 入場券売り場の横に備えてあるヘルメットを被り、ゴム短靴に履き代え、ビニールの風呂敷で背中を覆い、懐中電灯を持つ。互いのかっこうを見合って笑う。 橋を渡り、川向いにある入口を入る。急な下り坂だ。狭く、天井が低い。道と平行し、深くえぐられた地底の川がごうごうと音を立てて流れている。これまで見たどの鍾乳洞ともちがう。 川が次第に競り上がり道と並んで流れる。道と川がなんども入れちがう。天井からしずくが垂れる。 滑るので足を踏ん張って歩く。岩につかまり、腰をかがめ、はいつくばっての歩行。何度も手をつなぎ、声をかけ合う。奥に歩むだけで周りの壁を見る余裕などない。三人は大変な所に入ってしまったと思っているにちがいない。だが、だれも弱音を吐かない。 四十代の強面の三人と出会う。「バアさん、なんぼや」と聞かれ「八十でがす」と義母が答える。「ほぉ〜っ! 大したもんだ。頑張っていげよ」、と励まされる。 奥の方からごうごうという音が聞こえてきた。もう少しだ。音を頼りに頑張る。 たどりついた所は耳をつんざくような轟音と水しぶき。高く開けた天井の中ほどからどうどうと水が落る。地底の滝だ。水量もある。轟音が腹に響く。はじめて見る光景に興奮。不思議な感動に包まれる。苦労して来たかいがあった。 落差二十九メートル、「天の岩戸の滝」とある。背中のビニールの風呂敷がしぶきに舞う。ヘルメットの下の顔が引きつっている。滝観洞を征服した姿を記念写真に収めた。 義母は94歳。いまもこの時のことを懐かしんでいる。 (滝観洞:岩手県気仙郡住田町上有住土倉にあります) |