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| No.949 |
| 題名 自動開閉のトイレの蓋 |
| 書込日 07-06-24 |
| 自動開閉のトイレの蓋 “タクシーの自動ドアー”は外国人観光客にとって日本のイメージのひとつだった。いまはこれに代わって“自動開閉のトイレのフタ”だ。これがどれほど、日本の合理性と技術力を外国人に面白おかしく伝えるアイテムであるか、日本人には想像できないだろう(E.Barral 朝日新聞5月25日夕刊 エチエンヌのクールジャパン「新・三種の神器」)。 トイレに入ると蓋が開いていることが多い。蓋をしない人から見れば、なぜ、蓋をしなければならないのか不思議にちがいない。水洗トイレの水槽は、けっして汚いものではない。だから、蓋をしない人から見れば蓋は不要なものなのだ。蓋をする人も、蓋が開いているから不潔だとは思わない。 それなのに、この国では蓋を自動的に開閉する。田舎にある実家で“自動開閉のトイレの蓋”にはじめて遭遇した時にはびっくりした。異様なものに見えた。それは、外国人の目と同じだったのだと思う。 「無くてもいいけれど有ると便利」な製品がどんどん商品化され、普及している。トイレの蓋の必要性があいまいなまま、“有ると便利”が先行し、“技術があるから創る”メーカーの戦略に踊らされているような気がする。 技術力を振り回した商品には欠陥が潜在する。設計ミス、製造ミス、検査ミス、磨耗は絶対なくならない。いつか潜在化する。男性が小のトイレ中に、突然蓋が閉まってしまうことだってあり得るのだ。 “自動開閉のトイレの蓋”が外国人に奇異に見えるのはこのためではないか。 (2007-06-24) |