見たまま作文 

  No.1000
  題名 二分三十六秒のドラマ
  書込日 08-03-08
二分三十六秒のドラマ

 腰にぶら下げたストップウオッチを左手に持ち、風を読む。頃を見計らって、スタートボタンを押す。ゆっくり数を数えながら足を開き、両手を上下いっぱいに広げゴム紐を引伸ばす。五つ数えたところで、右手で持っていた紙飛行機の後尾をパッと離す。紙飛行機は一瞬に垂直上昇し、上がりきった所でさっと水平飛行に移り、ゆっくり旋回をはじめる。体を反らし、小手をかざし、機体を追う。

 何回目かのときだった。周りの人たちから「二機とも乗った」と大きな声が上がった。機体が上昇気流に乗り、旋回しながらどんどん上昇しはじめたのだ。一機は私のもの。サングラスを通し目を凝して追う。機体から目を離したらおしまいだ。
 機体はなおも上昇しながら、ゆっくり南東に流されていく。旋回している機体の真ん中に自分がいるように移動する。はじめての体験だ。心が躍る。二十数センチの紙飛行機は黒い点くらいにしか見えない。高さは百メートル、いや百五十メートルくらいか。見当もつかない。「視界没」(機体が上昇し視界から消えてしまうこと)になることを覚悟する。できのいい紙飛行機を失うのはつらいが、「視界没」は勲章だ。みんなが見上げているにちがいない。最高の気分で機体を追う。
 機体が流されていく、公園の隅に何本かの大きな木が生えている。その先は中層のアパート群だ。そこを越えてしまうと追えなくなる。もうだめだ。
 ところが、機体がその上空に達したとき急に下降しはじめた。上昇気流が急に途絶えたのだ。機体はバランスを失いながら、大きく繁った葉に見え隠れしながら落ちてきた。そして、大きな枝の陰に入り見失ってしまった。急いでその辺りに駆け寄った。
 ラッキーだった。紙飛行機は枝に当たりながらストンと落ちてきた。慌ててストップウオッチを押す。二分四十一秒。スタートボタンを押してから五秒後に飛ばしたから滞空時間は二分三十六秒。私の記録だ。とても長く感じられるドラマだった。

 ここは東京都武蔵野市にある都立武蔵野中央公園、旧中島飛行機武蔵製作所の跡地だ。普通の校庭の数倍もの広さがある原っぱ。木は周りにしか植えていない。紙飛行機を飛ばしたり凧揚げしたりして遊ぶ専用の原っぱだ。
 毎日、東京周辺の紙飛行機マニアが大勢集まってくる。遠くは取手や横浜などから出かけてくる人もいる。かくいう私も二十キロも離れている川崎から車で出かけてくる。集まっているのはリタイアしたシニアがほとんどだ。語り合い、昼飯を食い、原っぱを飛び回っている。

 朝、公園に来たのは八時半過ぎ。影がだんだん長くなり日差しも弱まってきた。頬も冷たくなってきた。十二分に童心した。夕焼け空を追いながら帰路についた。
 (紙飛行機:ケント紙とバルサ材で作る二十センチほどの飛行機。ゴム紐で弾いて飛ばしたり、手投げで飛ばしたりする)。